【マイジャーニー】愛されるために、犠牲にしたものはなんですか?

愛されるため、認められるため、受け入れられるために、 
あなたは何を犠牲にしてきましたか?
 

今日の誘導瞑想ではこんな問いかけがあった。

ブランドンの問いかけに、目を閉じながら身体に意識を向け、
ただそこにあるものを受け入れていく。

沸き上がってくるもの、それは言葉かもしれないし
何となくの感覚かもしれない。
イメージのようなものかもしれない。

ただ、それを判断することなく、それらとともにいること。
ゆったりと呼吸をしながら、身体の声に耳をすませてみた。

 

愛されるために、受け入れられるために 私が犠牲にしてきたもの。

それは・・・

何も浮かばない。

まるでコンクリートのように固まった岩盤のようなものが胸の奥にある。
避けたい何かがあると、いつもこんな感覚を味わう。

でもみぞおちの下では何かが反応してる。

こんな時は、がむしゃらに聴こうとしないで、ただ湧き上がる何かをじっと待つ。
答えがあってもなくても、OK。正しい間違いはないのだから。

もちろん、何も起こらなくてもOK。

そうしているうち、何となく「さみしい」って言われてる気がした。

ええっ??

嫌われるのが嫌だから、怖いから
嫌われると一人ぼっちになってさみしいから
受け入れられるようにふるまってきたんじゃないの??

これって答えなの? それとも、「今、さみしい」って言ってるの?

身体に尋ねてみるも、返答はなし。

 

何故?の答えを見つける必要はないワーク。ただ身体に意識を向けるだけ。

しばらくすると、「さみしい」のその後に言葉が現れた。

・独創的なリーダーシップ
・勝ち気
・素直さ

 

一日のプログラムを終えて、眠りにつく前にワークのことを振り返った。

「独創的なリーダーシップ」 ちょっと面白い表現(笑)

小学生のころの私が思い出された。

そうだ、そうだ、私、もともと勝ち気だったんだ。
今よりも、もっとはっきり言うし、ごまかさないで顔に出してた。

それで喧嘩したり、離れていった友だちもいた。

だから、「ああ、このままの自分じゃいけないんだ」って考えて
それから主張するってこと、あまりしなくなった。

そうやって人の顔色を伺っているうちに、どんどん言いたいことが言えなくなった。
自分でもわかってる。

本当は欲しいのに・・・
本当はイヤなのに・・・

「こうしたい」とか「ああしようよ」とか、自分のアイデアをどんどんと
口に出したいと思いながらも、言わないでいた。

(私はサポートでいい)

これ、自分に言ってる、今も。

本当の私は、リーダーやりたいんだよね。

 

2013年.ノーエゴリトリート in バンガロール

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