【日々の綴り】寛容さと思いやりのハンドルを(交通事故に思う)

ここのところ交通事故による悲しいニュースが多いですね。

若いお母さんと小さな子どもさんたちが亡くなられました。

 

テレビやネットでも、様々な意見や視点で議論されていますね。

 

長い間歩行者として、自転車に乗るものとして。そして

最近ハンドルを握るものとして、それぞれの視点から気づいたことがあります。

 

まずは、歩行者としての私。

「怖いなあ」といつも感じるのは、信号が青になり、横断歩道を渡るとき。

左折したい車は横断歩道の手前でストップして、

歩行者が通りすぎるのを待っています。

 

時々ではなくよくあるのは、少しずつ少しずつブレーキをはずして

前進してくるドライバ-です。

 

もちろんアクセルを踏んでいるわけではないので、ゆっくりなのですが

自分の身体の近くまで車体が近づけてくるドライバーがいます。

 

歩行者にとっては、これはとっても怖いのです。

 

もし間違えてアクセルを踏んだら、ブレーキを離したら・・・ぶつかりますよね?

 

待てないのかなあ・・・って時々呆れてます。ほんの何秒の違いです。

 

逆にハンドルを握る立場として、感じるのは

無灯火の自転車。冬場は黒系のジャケットなど羽織っているので、

とっても見づらいのです。

 

そして自転車は小道は赤なのに信号無視して、猛スピードで突っ切ろうとする方を結構見かけます。

歩道では歩行者優先なのに、ベルを鳴らし続けながらこれも猛スピードで走る自転車。

 

歩行者って無防備なので、ぶつかると大けがになってしまうのです。

私の友人も自転車にぶつけられてけがをしてしまいました。

でも車と違ってナンバープレートついてないので、

犯人は逃げ得、泣き寝入りでした。

 

ここ1年、ハンドルを手にするようになって、

歩行者、自転車でこれまで無意識にやっていたことが、

ドライバーさんにとってとっても怖いことなんだと気づいたこともありました。

 

横断歩道以外を渡ったり、スマホを見ながら歩いたり。

傘を片手に運転したこと。

 

「車の中から、こんなふうに見えるんだ・・・」と発見することばかりで

ずいぶん私も無茶して、ドライバーさんたちに怖れを与えていたんだなあって。

 

「名古屋走り」という言葉がありますが(イヤ~な顔されたことも)、

やっぱりちょっと運転荒いかなって感じます。

 

歩くも、乗るも、人にやさしく、思いやりを持って。

 

まだまだドライブ歴浅い私としては、この言葉を胸に、

ムリせず運転していきたいって、感じます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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